SH!HO's DIARY

人は変化する世界を言葉によって把握する。 どんな状況においても、言葉を媒介に誰かと繋がっていたいと願う。

[スポンサー広告] - --.--.-- - スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(--:--) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

[WORDS] - 2007.02.26 - sleepless

寝たくない
まだ寝たくない


どうしようもなく、新しいCDが欲しい夜があったっていいじゃないか
どうしようもなく、勉強がしたい夜があったっていいじゃないか
どうしようもなく、明後日会う友達と今会いたいなんて想う夜があったっていいじゃないか


煙草のフレーバーが懐かしい



スポンサーサイト

(08:45) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

[WORDS] - 2007.02.24 - STILL

夜にね、家の呼び鈴が鳴ると、

今でも君じゃないかなって期待しちゃうんだよ




もう半年以上も前なのにね



(05:49) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

[WORDS] - 2007.02.19 - 好きな人

あたしは好きな人にほど冷たい
(正確に言えば「冷たい」っていうのとはまた違うんだけどね)

あたしの言ってること、わかんない?
わかんないならきっと君はあたしの「好きな人」じゃないんだよ、だから心配しなくていい。



あたしの好きな人はみんな、すっごく魅力的で、しかも相思相愛です。
彼らがあたしは大好きだから、世界中の人に自慢したいんだけど、
でも、そういうことはしない方がいいよ。
本当に本当に本当に大好きなら、言葉になんてせずに自分の内に秘めておきなさい。
「本当に好き」「好いてくれる」「優しい」「かっこいい」「可愛い」「頭がいい」
そうやって言葉に並べたところで、他人はあなたの感情を理解してはくれないんだから。
大事な感情は、本当に信頼している、あなたを理解してくれる人にだけ、そっと打ち明けようよ。
彼らなら、あなたの感情をわかってくれるから。

大事な感情こそ、言葉にしたい、世界中の人に伝えたい、そんな感情こそ、心の中にとどめて。


「彼氏」だとか「彼女」だとか「親友」だとか言わないで。
本当に大事な感情はカテゴライズしないで。

(01:30) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

[DIARY] - 2007.02.18 -

本当はこんなもの書いてる暇なんてないのだけど、
夢でAとAが出てきて、そこでお告げがあったから、息抜き代わりにちょっと更新

夢の中で2人に、あたしの日記はつまんないと言われてしまった
長いのはつまんないらしぃ
短くてもっと感情的なのの方がおもしろいって言われた
あたしは必死に反論するんだけどねー


まぁいいや、二人のために、次はそういうのを書いてあげよう笑



(19:00) - TRACKBACK(0) - COMMENT(0)

[WORDS] - 2007.02.12 - 努力

本を買っても賢くはなれない

服を買ってもお洒落にはなれない

彼氏を作っても幸せになんてなれない





でも、本を買うことは、知識へのスターティングポイントだ
でも、服を買うことは、お洒落へのスターティングポイントだ
でも、彼氏を作ることは、幸せへのスターティングポイントにもなる


つまりは物を得るだけじゃだめなんだよ
本は読まなくちゃ意味がない
服は着なくちゃ意味がない
彼氏は愛さなくちゃ意味がない


本を読むことは、本を買うことよりも難しい
服を着ることは、服を買うことよりも難しい
彼氏を愛することは、彼氏を愛することよりも難しい

だからこそ意味があるんでしょう?

(06:40) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

[DIARY] - 2007.02.10 - いぶかしげな私はまだ考えてる途中

昨日会った人が、「100年以内に人類は滅びるような気がする」と言ってた。
もちろん反論だって出来るし、その人の根拠のない(彼女なりに根拠はあるのだろうけれど)仮説なのだけど、考えてみると、なかなか興味深かった。同時にあたしは、常に楽観的に考えすぎているような気もしてくる。映画のハッピーエンドに洗脳されてるのかもしれない。
彼女は、「栄えたものはいつかは滅びるから」と言っていたし、それは事実だと思う。最近授業を通じて、「永遠」というものは有り得るか?ということを考えてきたけど、あたしは今まで人間というものの範疇のみで「永遠」の存在を捕らえてきた。しかして、宇宙だとか、それよりも大きなレベルで物事を考えると、「永遠」なんてものは存在しないんだ、ということに気付いた。

彼女は、「明日なにが起きるかわからない、明日には地球が終わってるかもしれない、住んでいる国が沈んでいるかもしれない」とも言っていた。あたしは普段から、「後悔しない毎日を送りなさい」みたいな教訓は好きじゃない。未来とは、今の積み重ねであり、今努力をして、明日へとつなげていくものだから、いい明日のためには、今の我慢は必要だと信じている。だから、あたしは未来のためにも今を使ってるし、今死んだら、そりゃぁ後悔する。せっかくの苦労が実を結ぶ前に死んでしまうんだから、後悔しないなんて無理でしょう。
それに刹那の快楽に身を任せて、本能だけに忠実に生きることが、「今」を生きることだとも思わない。
でも同時に、明日何が起こるか本当にわからない、確かなものなんてひとつもない、という焦り、恐怖、そういういものを、改めて、もしかしたら初めて、実感した。

未来の自分の子供や子孫のために、ちゃんと地球を残しておいてあげたいという気持ちもある。けど、それはやっぱり奇麗事。子孫よりも今の自分の方が大切だし、自分の人生さえよければ、とも思う。
自分に子供ができたらまたこういう考え方も変わると思うんだけどね。


子供と言えば、その人と日本の少子化の話もした。40年後には日本の人口の60%が高齢者になるみたいなことを言っていた。本当どうなるのだろうね、と。
ここでまた、「今」を生きるみたいな話に戻るんだけど、今してる努力のようなものは意味があるのだろうか。例えば、体に悪いからとファーストフードをやめ健康食品を食べて、癌になるからと煙草をやめ、病気を防ぐために医療を発達させ、健康のため運動をして、子供はいらないとコンドームをして・・・。そうやって我慢をして、努力を重ねて、長生きしたところで何になるだろう。頑張って長生きしても、邪魔な存在、問題な存在になる。あたしはそれもどうかと思うんだけどね。


(21:03) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

[DIARY] - 2007.02.08 - バレー

バレーの試合を観て来ました。
バレーのこういう公式戦みたいなの観るのって初めてだったなあ。3-0でアムステルフェーンがイスタンブールにストレート勝ちだったんだけど、最後のセットがよかった。
ずっと負けてて、最後に差が7点差くらいまで開いて、相手は24で、もうだめかーと見せかけておいて、ちゃんと勝っちゃうっていう。

一体彼女たちは、最後にどんなこと考えてたのだろうね。

(07:08) - TRACKBACK(1) - COMMENT(0)

[DIARY] - 2007.02.06 - Up-side-down

「人間って不思議だね」
と、今日言われた。その通りなんだよね、本当。些細なことで、傷ついたり、次の瞬間には元気になってたり。疲れちゃうくらい魅力的だ。彼はよくわかってるね。
物事に悲観的になったり、楽観的になったり、色々なあたしだけれど、基本的には前向きで、上向きなはずだから、この姿勢を維持してみせる。でも、この「攻め」の姿勢も、いつ壊れるかわからないから、今みたいに精神が安定しているうちに出来る限りやっときたい。本当、いつ、なにが起こるかはわからないから、今出来ることは今やろうよ。

もう色んなものに縛られてて、ある意味運命からは抜け出せないんだから、逃げる方法を考えるのではなく、戦う方法を見出したい。



あとは今日、みんなでちょっとした心理テストをやったんだけど、まぁ結果が当たってるかどうかは別としてテストの答えが、
無言実行
有言実行
無言無実行
有言無実行
の4種類だったのだけど、もちろん一番かっこいいのは、無言実行で、一番ダサいのは有言無実行だよね。でも、同時に思うんだけど、有言するっていう行為はそれなりのリスクを伴うわけだ。なにせ、「一番ダサい」有言無実行になっちゃう可能性だって出てくるし、そうなると信頼とか尊敬とかを失いかねないからね。ってことは、実行できないかもしれないっていう可能性を考えると、やたらむやみに全てを口にしない方がいいのかな?
それなら、あたしはどこまで物事を言葉にすればいいんだろう。有言した後のリスクを考えると、「無言」の方がある意味楽で同時にかっこいい行為なんだろうか。じゃぁ、今日思ったのは、一番かっこいい「無言実行」になりたいなら、あたしは何も喋るべきではないのだろうか。
・・・よくわかんないんだよ、実際のところ。あたしは一体喋りすぎているのかな。実現不可能な野望を口にしているのかな。そういうことってやめた方がいいんだろうか。
でも、結局は、あたしは自分とだけ戦ってるわけではないから。自分自身とだけの勝負ではない。実際のところ他人だって気になるし、周りにも負けたくないな、っていう意思も、実はある。だから、「戦う」というプロセスを自分の中に秘める(つまり無言)のではなくて、言葉にする(有言)という他人を巻き込むものにすることって重要な気がする、あたしにとっては。
と、同時に、決意だとか、もうやるって決めたものは、がんがん口にしちゃおうぜ、って思う。目標立てなくちゃ、始まるものも始まらないよ。言葉の重みを背負って、リスクを背負える方が、「無言実行」よりも実はかっこよくないか?


まぁ考え方は人それぞれだけどね。あたしの考えは間違ってるかもしれないけどね。あたしはまだまだ言葉に託してみるわ。

(02:38) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

[WORDS] - 2007.02.04 - 今となって

Mixiで日記ともいえないものをつらつら書いていたけど、本拠地をこっちにまた戻します。
理由は、今は伝えたいこととか、考えなくちゃいけないことでパンクしそうで、長くなるから、読みたい人にだけ読んでもらいたい、と思うから。あとは、昔に戻らなきゃ、っていう意思が強いのかもしれない。だからバックグラウンドも初期のに戻して、リスタートとしたいと思ってます。

2007年が始まって、1ヶ月くらいかな、久しぶりなことをいっぱいして、この学年が始まってからの6ヶ月間を振り返ることが出来たんだ。この半年間、あたしはわき目も振らず走ってきたわけで、色んな物事に明確な優先順位をつけてきたつもりでいる。でも同時に、色々なものを厳かにしてきたな、っていう感じが否めないんだ。

人生生きてきた中で、一番安定した半年間だったと断言できるんだけれど、つまり精神的に落ち着いていて、感情的、感傷的になるようなことはまったくと言っていいほどなかった半年だった。以前のあたしは全てを主観的にしか捕らえることがなかったのだけれど、この半年間は、もっと、自分を別の部分に追いやることができたような気がする。昔のあたしは感情に呑まれて行動するような部分が必ずあったと思うし、理性を維持できなかった。つまり、頭ではわかっていることでさえ、感情に忠実に生きてきていた。寝なくちゃいけないのに、好きな人とずっとメッセで話していたいとか、帰らなきゃいけないのに、もっと遊んでいたいとか、そういう欲望に打ち勝つことができなかった。逆にこの半年は、勉強をしなきゃいけないから家に帰ろう、明日に響くから今日は寝よう、という、他人にコントロールされることのない、自身の理性的な判断で生きてきた。

それと同時に、「どうでもいい」「なんでもいい」「これは重要じゃない」という切捨てを行ってきたんだ。そのことに最近改めて気付いた。つまり、学業を優先するということは、今まで読書や映画などのために割いてきた時間を勉強のために切り替えた、ということでもある。本当にこの半年間映画館には一切行かなかったし(去年のあたしからは考えられないことだよ)、小説もほぼ読まなかった。ストレッチも怠って、運動量も激減した。学校帰りに、ふらふら散歩をするようなこともしなかったし、とにかく、前年と比べて、あらゆる意味で学校中心の生活習慣に切り替えたといえる。

それがだめだった、とは思うけど、無駄だった、とは思わない。美術館には通いつめたし、ひとりでカフェに入ったりするようにもなった。今までのあたしのあり方を無意識の間に否定し、それと同時に新しい部分を開拓したのだと言えよう。それは16歳になって、権利だとかが増えたのも理由のうちだと思うし、大人の真似事が少しずつ様になるようになってきたんだと勝手に理解してる。

友達とも、交流を持ってきたし、社交辞令みたいなものとは出来る限り切り離して、もっとわがままな友情が保てたと思う。本当に一緒にいたいと思う人と、いたいだけいれた。Iと出会えたことは大きかったし、今まで、同じ価値観を共用する人間は日本人が多かったのだけれど、外国人で、自分とかなり近い考え方をする人間と何人か出会えたのもこの半年の間だったように思う。以前に比べて、「好かれたい」「嫌われたくない」というものをあまり考えなくなった。と、いうのは、この人は何が起きてもあたしのことを好きでいてくれるだろう、という自信を得ることが本当にできた。

今まで、いや、今もだけど、あたしは自分の思想、人生、現在、あたしが認めた人間、にすごく自信を持っているわけで、それはやっぱりゆるぎない。でも、最近、あたしより年上の人と話したり、話を聞いたりする機会がいきなり増えて、やっぱり焦りを感じてる。彼らは、あたしよりも確実に、確実に上のレベルにいて、突っ走ってるわけで、そんな彼らを見てあたしは、「あたしはこれでいいんだろうか」と思ってしまう。言ってみれば、あたし程度の人間は、日本に、ヨーロッパに、世界に、山ほどいる。あたしはなかなかの教育と教養、自信を持っているわけだけれど、この程度なら同世代でも、大勢いるだろう。帰国子女だからってなんだろう。ちょっと裕福だから何になるんだろう。

つまりは、賢くならなくちゃいけない、という話になる。とにかく、賢い(勉強や成績という意味ではないのかもしれない。もっと人間的な意味で。)見ると、あたしもその中に入りたい、という強い意志を感じる。とにかく、惹かれてしまうんだ、上にいる、もしくは上に向かおうとしている人間に。あたしは、今は多分、「平」かまぁよくても「平の上」程度の人間だろうが、あたしはこの程度で終わるつもりはない。ただ、上に行くという行為に伴うリスクは大きい。挫折があるだろうし、負けもいっぱいあると思う。あたしよりも、数段上のレベルにいるライバルだとかに出会ったときに、あたしは負けを経験しなくちゃいけないだろうし、トップに行くのは不可能だっていう挫折をいつか味わなくちゃいけなくもなるかもしれない。上に行くためには相当な覚悟が必要なんだ。それを、今はしっかり身につけないとだめなんだと思う。

だから賢くならなくちゃいけない。
まず、基本的に学業を頑張る必要があると思う。いい成績とかそういう問題じゃなくて、とりあえず、あたしはどこから勉強していいのかわからないから、学校が教えることを、うまく吸収する必要がある。あと、本を読んだり、映画を見たり、演劇、コンサート、美術館、ひとりでいる、音楽、とにかく、色んな感情を覚えて、人間性を広くしなくちゃならない。色んな人とわかりあうために、あとは自分を確立するために、美術を極めるべきだ。また、体を鍛えて、精神力だとか体力だとかをつけなくちゃ、多分この先壁にあたったら乗り越えられない。

あと最近強く思うのは、あたしは今高校最後の2年間の選択科目として、
美術 上
英語(外国語) 上
Information Technology for Global Society 上
数学 中
日本語(母国語) 下
物理 下
を選択しているわけなのだけれど、それは、あたしは、この科目を選択しているのではなくて、他の科目を学ぶ機会を失っているんだな、ということ。例えば、あたしは音楽、化学、歴史、地理、経済とかを、中途半端なレベルまでしかやってないんだよね。
ナチスの大量虐殺とフランス革命くらいしか知らないで、日本の歴史もなんも知らないで、あたしは歴史を学校から学ぶ機会を永遠に失ったわけだ。でも、それじゃだめなんだ。「世界平和」を口にしたいなら、歴史を理解しなくちゃいけない。でももう学校で学ぶ機会はあたしにはないから、独学で、本を読んだり、あたしの詳しくない学問を熟知する友達を作ったり、そういうことをしなくちゃいけない。生きていくうえではまったく困らないだろうが、上に行くためには、もっと広い人間になるためには、あたしの今持ちえてる歴史だとか経済だとか化学だとかの知識じゃ足りないんだよ、全然。

同時に、すごく不安になる。「あたしのやってることは本当に正しいのか?」みたいなくだらない問いを自分に投げかけたりする。つまり、上に行こうと努力して、それが何の意味を持っているのだろう?と考える。だって、出来る限りいい大学に行けばいいわけじゃない。それなりの大学に入って、まぁ頑張って就職活動とかして、友達と遊んだり飲みに行ったり、合コンしたり、そういう生活こそが幸せなんじゃないのか?って考えると、その通りだろうなーと思う。今まで築き上げたものが壊れるわけではないし、そんな、頑張って上を上をと目指したところで、あたしが知ってるような人間ばっかりがいるわけでもないし、もっとどろどろした、見たくもなかった世界と対面することになるかもしれない。それでも妥協するのはもう少し経ってからでも遅くないはず。とりえあえず今出来るのは、不安ながらも覚悟を決めて、とにかく上へ向かっていくことだけなんだろうな。


でもまぁーあたしにはもう妥協みたいなオプションはないんだよね。簡単に言っちゃうと、チャレンジャーでいたいんだ。上目指したいって思うし、賢い人に囲まれてみたいなーとか思うし、ちょっと無理かも?痛いかも?苦しいかも?くらいがしっくりくるんだ。


(23:04) - TRACKBACK(-) - COMMENT(-)

HOME

RECENT ENTRY

PROFILE

RECENT COMMENT

RECENT TRACKBACK

ARCHIVE

CATEGORY

BOOKMARKS

SEARCH

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。